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7件

2018/08/01
レ・コント・ド・メアン(ベルギー・リエージュ)
「レ・コント・ド・メアン」は5年にもわたる歴史的建物のリノベーションを経て、リエージュ初の5ツ星ホテルとして今から7年前にオープンした。モン・サン・マルタン通り9番地にあるセリ・ロンシャン館と、同じ通りの11番地にあるコント・ド・メアン館、この2つの間にある貴族の館の3館が、7階建ての新築客室棟を要に繋がり、ワロン地方でもユニークな形のホテルコンプレックスにトランスフォームされたのだった。20世紀初頭にセリ・ロンシャン男爵の所有となった館は、元々16世紀にリエージュ司教領を支配したド・ラ・マルク家の邸宅だったもの。メインエントランスがあるコの字型のメアン伯爵の館は、南ファサードの外壁など、15世紀までその建築史は遡るという。丘の斜面に建ち、30mもの高低差があるのもこの施設の特徴だ。以前はクラウンプラザ系ホテルだったが、チェーンのイメージと、ホテルの実際のラグジュアリーでエレガントなイメージが噛み合わないことを自覚し、今はチェーンから離れている。
インテリアはデザイナー&プロジェクトマネージャーのエリック・ゴフィンと、ベルギーの高級ホテルのインテリアで定評のあるドミニク・ミンゲットとのコラボレーションで実現させた。「光とサプライズに満ち、モダンと歴史を融合するインテリア」を目標にデザインされた。リエージュの街の歴史と、自然環境から形成されてきたアイデンティティを表現しながらも、明解にグローバルでもあるインテリア。コンテンポラリーな雰囲気に満ちていて、なおかつ特別な建築遺産としての古典的性格を維持する。そういう対立のデザインチャレンジに挑んだのだった。「真に美しくモダンなホテルを創り上げるために、歴史的要素と新しいデザインが様々な意味でどれだけバランスを保てるか、また許されるコストの範囲で自分のアイデアとコンセプトを妥協せず、確かに達成できるデザインを見出せるかということ、そしてリエージュ市民も“このホテルは私達のホテル”と自負できるよう、ゲストと住民の両方にアピールするデザインであることも重要なポイントでした。」とデザイナーは言う。
マテリアルの選択にも細心の注意を払い、環境に責任を持つ主義のメーカーの製品が使われ、例えば“人にやさしく地球環境にもやさしい製品”をつくり続けて80年の歴史を持つ、オランダのデッソ社(DESSO)のカーペットが部屋で足元を暖かくしてくれる。ストライプのカーペットは「シンフォニー」という音楽的な名前がついている。ヴァル・サン・ランベール社に代表されるように、ベネチアから彩色技法を、ボヘミアやイギリスからカット技法を導入し、リエージュの地方には17世紀から築かれてきた独自のクリスタルガラス工芸の伝統がある。そこで照明には地元のクリスタルも使われた。
エントランスホールを抜けると左手がバーで、14mのカウンターを照らすアールヌーヴォー調の唐草文様が入った清楚なホワイトのコリアン製大シェードが印象的だ。右手に黒のシェルフと牡丹色のチェアのコントラストが強烈なライブラリー。ここからも、客室へのエレベーター前からも、旧市街を見下ろす眺望が素晴らしい。レストラン「ラトリエ」(90席)はカジュアルなビストロスタイルで、天気が良ければ眺めのいいテラス席で朝食も可能だ。オーガニックなラインのベルベット素材で牡丹色の大胆なファニチャーが目を惹く。3色のネットのカーテンが日光をフィルターしてくれる。そしてピエール=ミシェル・ド・ロヴァンフォス(1745ー1821)作のフレスコ画や、壁の繊細なスタッコ装飾が見事なお城の広間のような淡いグリーンのシノワズリのスペースは、レセプションやパーティーに好んで利用される。
地下のバー「ラ・カーヴ」(16席)は、古い兵器庫内にある。ヴォールト天井のオリジナル空間構造を活かし、照明も効果的に配された。スパのプールからは、10世紀にも遡る城塞の壁が窓の外に見える。ゴージャスで各々に個性的なスイートが9室ある館は、階段室の見事な装飾に驚くばかりで、ナポレオン3世様式の装飾を完璧に修復し、再現した職人技術に拍手喝采を送りたい。スイートを予約していなくても、日中のほとんど誰もいない時間ならゆっくりと見学できる。客室(全125室)では壁に掛かる写真が何か特別なパワーを放っていて、一体これは誰が撮影?と思ったら、フランスの著名な報道写真家、国際的にも航空写真の第一人者というヤン・アルテュス・ベルトランの作品であった。ホテルで氏の写真にお目にかかったのは、ここが初めてである。
ホテルから石段を下りていけば、修改築を終え、煌びやかに蘇ったワロン王立歌劇場にも歩いていけるので、夜の観劇にも便利なロケーションだ。某エンブレムのことで揉めたのはこの劇場だったか?と一瞬ギクッとしたが、全然違うロゴマークだったので、安心してオペラを楽しむことができた。
ベルギー

2018/02/01
サントン・グランドホテル・ レイロフ(ベルギー・ゲント)
冬のゲントの旧市街、霧が立ちこめるその夜景は、ベルギー象徴主義の絵画そのままで、まさに幻想の世界だ。レイエ川両岸には中世の栄華を偲ばせるギルドハウスが建ち並び、その雄姿を凍てついた水面に映し出す。また、18世紀の優雅な邸宅がベルギーでも屈指のデザインミュージアムだったり、19世紀のギスラン精神病院で現代美術展が開催されたりと、ゲントには歴史と現在が融合して独特の空気が漂う。
「サントン・グランドホテル・ レイロフ」(2011年オープン)もゲントならではのホスピタリティー空間で、白亜の砂岩を用いた18世紀のバロック建築に、今日のアートとデザインが融合する。中世の時代の市壁の外に位置するが、中心街までは歩いてほんの数分で、観光にもとても便利だ。ホテルになったルイ14世スタイルの館は1724年、裕福な商家の子息で詩人オリヴィエ・ド・レイロフ伯 (1684-1742)が建てた私邸だった。この館と付属の馬車庫は、歴史的建造物保護法の対象になっている。
オランダのサントン・ホテルブランドが着眼した時、この建物は落ちぶれてしまっていたが、そこに再び美しく生まれ変わらせる可能性を予測し、隣接する19世紀の館も獲得した上で、ホテル開発事業をスタートさせる。この隣接する館はとても意味がある家で、ゲントが誇る作家モーリス・メーテルリンクの生家ということだ。メーテルリンクに捧げて「青い鳥」(Blue Bird)と名付けられたプライベートユースのバーもある。インテリアはサントンホテル創業者(Gui de Vries)が総合監督役を務めた(オランダのインテリア事務所Willemien Van Aartsenとコラボレーション)。デザイナーズギルドやクリスティアン・ラクロワ・ブランドのテキスタイルや壁紙の選択、照明(Vaughan社、Delta Light社)の使い方に最大限のこだわりが感じられる。
見事に修復されたレイロフ伯邸の装飾豊かなホールやサロンがホテルのレセプション、ロビー、各種イベントルームに利用される。工芸美術館のようなリビングのアンピール様式の暖炉や、エントランスホールの螺旋階段、そのトロンプルイユのドーム天井画は、ため息がでるほど美しい。各々の間はゲント所縁の風景画家ヴァレリウス・デ・サーデレール(Valerius de Saedeleer)や、印象派画家エミール・クラウス(Emile Claus)等の名を借りている。ホテルのメインエントランスは18世紀の馬車口で、チェックインするのもレイロフ伯との文学談義か食事に招待され、レイロフ伯が待つサロンに案内される気分になる。しかしノスタルジックなだけでなく、エントランスから迫力のコンテンポラリーアートにも迎えられる。
中庭を抜けて昔は馬車が置いてあった建物には、小さなインドアプールやハマムもあるモダンなウェルネス&スパセンター(Zen Senses)が設けられている。夜には中庭に設置された巨大なカタツムリのライトオブジェクトが黄色に光り、なんともユーモラスである。
19世紀の館の通りに面した1Fの大空間を、色鮮やかでスタイリッシュなシャンパーニュ・バー&カフェラウンジと、グルメレストラン「ロフ」(Lof)が占める。レストラン名はレイロフのロフだが、同時にオランダ語での賞賛という意味も込めてあるようだ。バーのカウンターは11,000個のLEDライトで、夜は石のブロックが神秘的に光る。
通りからは見えないが、中庭に面した奥に新館もあり、ホテルの客室は全158室。せっかく選ぶなら、旧館の部屋の方がインテリアに深みがある。泊まったのはデラックスルームのカテゴリーで、部屋のドアを開けると紅白のストライプの壁紙に意表をつかれた。ダークブラウンの古い木組み構造との強いコントラストがとてもリズミカルだ。天井も高く、ベッドルームがリビングよりも数段高い舞台のようになっているのもユニークだった。バスルームで特にお気に入りだったのがトイレの壁。新しいブティックホテルで、トイレをまるで春の香りが漂ってくるような淡いピンクの花模様の壁紙で仕上げてある例は、皆無なのではないだろうか。ついトイレにお座りする時間が長くなってしまったのも仕方ない。
さて、ホテルは今年の夏に更にリニューアルされ、秋にオランダのラグジュアリー・ブティックホテルブランド「Pillows」のグランドホテルとして再オープンするとのニュースが出た。一体どんなふうにデザインが変わるのか(或は変わらないのか)、秋にまた行ってみたくなりそうだ。
ベルギー

2016/06/01
ネスト・ホテル & スパ(ベルギー・ナミュール)
ベルギーの首都ブリュッセルから南東へ約60km、ムーズ河岸の古い城下町ナミュールは「ムーズ川の真珠」と喩えられる光景の街だ。人口10万人ほどだが、ワロン文化圏の中心都市でもある。実はナミュールが旅の目的で「ネスト・ホテル & スパ」に泊まることになったのではない。ハノーファーからフランスに向けて車で出かけると、どうしても途中で1泊しないと距離的に不可能なだけなのだった。グーグルマップで計算したら、ノルマンディー方面へのルートは、ナミュールが時間的にもベストな位置という偶然の結果だ。どうせ夕方着いて翌朝もすぐ発つだけと、ブッキングドットコムでなんとなく選んだのだった。それが現地に着いたらあらゆる点で予期せぬ素晴らしさに驚き、感動さえしてしまったのだ。
中世初期のフランク王国時代に建設された城壁(シタデル)のある小高い丘をぐるっと車で回り、ルドルフ・シュタイナーの建築のようなデザインの門を発見するまでは、本当にこの閑静な住宅街の中に予約した宿があるのか、半信半疑になるくらいだった。そして駐車場に入る直前、木の根元から地上に持ち上がるようなオーガニックなランドマーク的パビリオン建築を目にし、唖然となった。音楽批評家ヘニングさんの言葉を借りると“ドビュッシーの「沈める寺」の感覚”だったそう。パビリオンの中は14人まで収容でき、ミーティング、プライベートシネマにも利用可能な多目的空間に構成されていた。
「ネスト・ホテル & スパ」は隠れ家的なアーバンラグジュアリーリゾート。19世紀の大農家の今では使い道のなくなった建物コンプレクスのオーナーが、なんと構想から10年もの歳月をかけ、妥協を許さず修復改装し、夢を追い続けた結果だ。オリジナル建築への尊敬と愛が、建築デザインのディテールからひしひしと伝わってくる。ホテル名「ネスト」の意味の通り、ゲストが「巣」と感じられる心地よさのミクロコスモスを築き上げた。ネスト(Nest)の綴りは意図的にSの箇所が5の数字に置き変えられている。ジョークでなく、このホテルのデザインコンセプトが、5に暗示されているのだ。木、火、金属、水、土という5元素の調和を目指したのだった。施設の中心には生命の源となる水のエレメントが、プールの形になった。空と周囲の木々の自然が四角い水面に映し出され、泳いでこの美しいイメージを破壊するのが口惜しくなりそうなほどだ。金属のエレメントは例えば更衣室のドアの錆鉄に表れるのだった。
エコロジカル&バイオロジカルな建築を研究実践し「建築と自然」という名の設計事務所をナミュール近郊のタンプルーで主宰する建築家ユヴェール・ソヴァージュが、廃農家をサステイナブルに21世紀のホスピタリティ空間に蘇生させる難仕事を成し遂げた。インテリアはナミュール近郊のウェピオンのデザイナー、ピエール・ブライとオーナー夫人とのコラボレーションが実ったものである。
宿泊施設は「コージーネスト」、スパは「ウェルネスト」、レストランは「リンクネスト」と呼ばれる。ネストの客室はたった6室のスイートだけで、全室のデザインテーマが異なる。私達の一番小さい「コージー・スイート」でも55㎡の広さだ。農家建築の小屋組の屋根構造や梁が空間デザインに活かされ、各室ともバスルームのデザインが凝りに凝っている。モナコ大公のアルベール2世や、ベルギーのフィリップ王夫妻も滞在されたそうだ。
朝食は、お花のアレンジから食器のコンビネーション、角製のオブジェのようなソルト&ペッパーミルなど、まず食べる前からテーブルのセッティングが素敵で嬉しくなった。パン入れの器も粘土を造形する陶芸家の手が見えてくるような触感がある。するととても気さくで感じのいい人がキッチンから出てきて、朝のご挨拶をして「卵はいかがいたしましょうか」と尋ねてくれた。何も前知識がなかったので、てっきり朝食担当に雇われている地元スタッフと思っていたが、ちょっと話をしているうちに、実はこのホテルのオーナーのブノワ・ゲルスドルフ(Benoît Gersdorff)氏で、ベルギーの著名なシェフとのことでびっくりしてしまった。
そうとわかっていたら茹で卵でなく、せめてオムレツでも頼めばよかったと後悔した。でも茹で卵が鶏の足を象った斬新なアイデアの白磁のエッグスタンドで登場した時「これはすごい!茹で卵にしてよかった!」気分を取り直した。ミシュランの星付きのシェフに茹でてもらう茹で卵なんてこれが最初で最後かもと思い、一匙一匙をしみじみと味わったのだった。
ベルギー

2011/01/05
ルレ・ブルゴンディッシュ・クライス (ベルギー・ブルージュ)
映画の舞台となったヨーロッパのホテルは数知れないけれど、ベルギーの古都ブルージュの「ルレ・ブルゴンディッシュ・クライス」ほどロマンチックなロケーションを誇れるホテルはそうないだろう。世界的な劇作家マーティン・マクドナーのジャンルにはまらない、すっ飛んだ映画『イン・ブルージュ(邦題:ヒットマンズ・レクイエム)』は、そのタイトルのままにブルージュが主役の一人と言っていいほどに、ミステリアスな中世の水都の魅力にあふれる。映画の方はロマンチックなラブストーリーとかでは全然ない。性格も人生経験も全く違うアイルランド人殺し屋コンビ、御法度の殺し屋なのにどこか憎みきれないレイ(コリン・ファレル)とケン(ブレンダン・グリーソン)がボス(レイフ・ファインズ)からの待機命令でクリスマス前のブルージュに着いて、この地でどんな壮絶な運命が自分達を待つのか予想もせず宿に向かうところから映画は始まる。
この絵葉書そのままのロマンチックな運河風景の中にある宿が16室のみの小さなブティックホテル「ルレ・ブルゴンディッシュ・クライス」だ。メルヘンに出てきそうな木組み切妻屋根の17世紀の建物が、ちょうど運河が合流する地点に双子の様に仲良く並ぶ姿に見とれていると、ホテルの部屋の窓から運河に飛び降りたコリン・ファレルをレイフ・ファインズが欄干から狙い撃ちするというスリリングなシーンも思い出された。
ホテルの名前にあるブルゴンディッシュ・クライスとは一体何のことなのか聞いてみると、2本の枝をX字型に交差させた十字架「ブルゴーニュ十字」を意味するとのこと。エントランスに掛かる飾り看板やレセプションカウンター中央の紋章にもこの十字があしらわれている。その昔にブルゴーニュ公フィリップ善良公が金羊毛騎士団を設立し、十二使徒の一人聖アンデレをその守護聖人に定めたことから、X字型の聖アンデレ十字のモチーフが騎士団と公国の旗に使われたことにブルゴーニュ十字は由来する。ブルージュでは中世の話がほんの前世紀の話のように聞こえるから不思議だ。
パブリックスペースで見学できだけでもホテルのオーナーの美術品、骨董品のコレクションがかなりのもの。コレクターズアイテムのルイヴィトンの古いトランクを配したり、アンティークのゴールドの鏡やデペロの絵を背景にエレガントなサロンでグラス片手に寛げる。人形の家に入っていくかに狭い客室への階段室は薄明かりで、中世へと歴史を遡る時間の階段を上る気分にもなってくる。
泊まった部屋の幅が狭くても切妻の屋根裏を吹き抜けにして天井が高く、ドラマチックな間接照明の効果もあり、その狭さを感じさせない。カーテンやベッド、クッションはお揃いの薔薇の花模様で、ファブリックはラルフ・ローレンである。クローゼットがまた宿の何百年という歴史を実感させる扉で、『イン・ブルージュ』にも登場するヒエロニムス・ボスの絵の怪奇動物が現れたりしそうで、恐る恐る扉を開けると中は空っぽで安心した。ドイツでは見たことがなかったのだが、窓が開き過ぎないよう調節する革のベルトのような面白いものを初めて目にした。スタンダードの部屋のバスルームは大理石模様のタイル張りだったが、スーペリアの部屋はバスルームもちょっとゴージャスになってルージュロワイヤルの大理石張りということである。
部屋は数が少ないウォーターフロントの部屋に固執せず比較的リーズナブルなスタンダードの部屋でも、朝食を頂くティールームの窓際の席から最高の眺めを堪能できるから、満足度はそれで十分だ。ここもロビーやサロン同様にカレル・アッペルの絵画を始め、モダンアートと磨き上げられたアンティークの銀器や掛け時計の骨董品がインテリアに組み込まれ、白鳥のように白い蘭の花がシャンデリアのクリスタルの光に淡く照らされる。奥の紫色の暖炉の部屋はブルージュの伝統工芸であるゴブラン織りの見事なタペストリーが壁に掛かり、中世の世界へと誘われる。朝食のテーブルで「ワッフルはいかがですか?」と坊主頭のベテランウエイターに聞かれる。既にオムレツも平らげてしまっていたので理性は一瞬躊躇したが、本能的に口からはもう「イエス」の答えが出ていた。運ばれてきた焼き立てホカホカのワッフル、そのはんぱでない大きさに私は思わず「ワオッ」と驚嘆の声をあげてしまった。自分でもおかしくなったのだが、ウエイターもヘニングさんも笑い出してしまい、アンコールということで今度はトリオで声を合わせ「ワオッ」とワッフルを愛でることに。口に入れるとサクッシュワッとそれは美味しい。ブルージュはチョコレートもビールも抵抗できない美味しさで、バスルームに体重計が置いてないのが本当に幸いだった。
ベルギー

2010/09/10
シャンブル・ボート(ベルギー・ハッセルト)
フランスのようにベルギーでも一般家庭が自宅のゲストルームを朝食サービス付きで提供するシャンブル・ドットに魅力的な宿がたくさんある。それは古い農家や貴族の館だったり、アールヌーヴォーのタウンハウスの一室だったり、ミッドセンチュリーモダンのロフトだったりもする。インテリアも近年はブティックホテルに負けないハイセンスな例が増え個性派旅行者には嬉しい限りだ。しかしこのハッセルトに停泊しているようなユニークな水上のデザイン民宿は、ベルギーはもとよりヨーロッパのどこを探しても見つからないだろう。
シャンブル・ドット(Chambres d'hotes)をもじって「シャンブル・ボート(Chambres b'hotes)」という。ハッセルトの街の北を流れるアルベルト運河を出入りする船の波止場、ケンピスヘ埠頭に錨を下ろしている。オーナーのヤン&ヒルデ・フランセンス=スフルペン夫妻はこのプロジェクトに取りかかる前はハッセルトの中心街で飲食店を経営していた。現役の貨物輸送船としてはもはや骨董品となった古い内陸水運用船(1964年建設)を買い上げ、退職後の2人の人生の再出発を記念して船で暮らすという夢の実現に挑む。エントランス脇にかかる真っ赤な浮き輪に船の名前が読める。「素晴らしい運命(Le Fabuleux Destin)」号だ。夫妻が大好きな映画という『アメリー・プーランの素晴らしい運命』(邦題『アメリ』)から付けられた。この憧れの船上生活を可能にしてくれた素晴らしい運命への夫妻からの感謝も込められているのだろう。
船の前半分に夫妻のマイホームがあり本当にこの船で365日暮らしているのだ。リビングダイニングだけ少し見学させてもらったが、NYかどこかのロフトのようにクールな住空間だった。長年の友人でハッセルトのモード美術館なども手掛けたベテラン建築家ヴィットリオ・シモーニ(www.simoni.be)の長い経験と美的センスが最小限のスペースを最大限に効用して小さな船のリニューアルデザインに凝集された。構想から2年かかって2007年に竣工した。改装工事前のそれはオンボロな船の写真を見ると自分がこうして経験している今の状態からはとても同じ船とは信じられない。
チェックインしてまずは靴を脱いでスリッパに履き替える。日本の旅館みたいだ。お天気が良ければ船上のテラスにヤンさんがウェルカムドリンクを用意してくれる。ハッセルト近郊にあるワイン城「GENOELS-ELDEREN」のスパークリングワインにわさび、梨のシロップ、トリュフ入り蜂蜜のトッピングでチーズのおつまみだ。ベルギーにワイナリーがあることも知らなかったので初めてのベルギー産ワイン、それも「黒真珠(ブラックパール)」という粋なネーミングのを口にするだけでも大満足だったが、その爽やかでフルーティな美味しさにもびっくりした。
船のちょうど真ん中に温水プールがある。カウンターカレントの装置もありかなりのトレーニングになった。ゲストルームは全部で4室。ドアのルームナンバーやルームキーのホルダーはモールス符号文字をデザインしてある。暖かくナチュラルなトーンで、デスクやベッドの角などの処理がうまく、狭いのに狭さを感じさせず十分に2人が動ける。引き戸を開けるとバスルームは期待以上に広いスペースが確保され、淡いクリーム色でシャワーボックスはレトロフューチャーなデザインだ。バスルームの水栓やシャワーはHANSA社がプロジェクトに賛同しスポンサーしている。銀箔を張った木のオブジェクトが部屋やラウンジの壁を飾る。このシルバーの寂びた輝きのせいかどうか、ハッセルトにいるのにこの船のベッドではヴェネツィアの運河に浮かんでいるようなのだ。
翌朝9時に朝食のためラウンジに向かう。ラウンジのデザインとパーフェクトにマッチしたテーブルセッティングにも驚いた。リッツカールトンやケンピンスキーの5つ星のホテルでもいろいろ思い出してみたがここまで徹底したこだわりの朝食でもてなしてもらった記憶はない。オランダからの他のゲストがいなければ、ブラボーと拍手喝采したいくらいだった。本当にごちそうさまでした!
ベルギー

2010/06/25
マーティンズ・パーテルスホフ(ベルギー・メッヘレン)
ヨーロッパ大陸で19世紀に初めて鉄道が走ったのがベルギーのブリュッセルとメッヘレンの間だった。1835年5月5日、ベルギー国王レオポルド1世と英国から蒸気機関車の父ジョージ・スティーブンソンを迎えヨーロッパ大陸における汽車旅の歴史が始まった。シュッシュッポッポ、シュッシュッポッポと走り出す汽車に興奮と緊張の面持ちで乗り込みメッヘレンの駅に降り立った紳士淑女達、その歓喜の瞬間を想像しながらデイル川沿いのメッヘレン (ブリュッセルの北25キロ強、人口7万5000人) の市街に入った。16世紀にネーデルランドの首都として栄えた古都だ。その旧市街の一角にホテル「マーティンズ・パーテルスホフ」は2009年5月にオープンした。聖フランシスコ教会と修道院がラグジュアリーなブティックホテルに変容したのである。このホテルは、ベルギー各地に歴史的建築とコンテンポラリーなインテリアデザインが溶け合う個性的なホテルをクリエートしてきたマーティンズ・ホテルグループの最新プロジェクト。と同時にグループに属するホテルの中でも最も印象深い空間経験をゲストに与える。マーティンズ・ホテルのチーフデザイナー、ユジェット・マーティン=フラポンはプロジェクトを振り返りこう語る。「まず誰もいないエンプティな空間をひたすら歩き回る、そうすると光が空間のボリュームに織り込まれていくのが見え、空間のエネルギーが伝わってくる。いつのまにか古い壁が語り始め、インスピレーションが湧いてくるのです。」
ホテリエのジョン マーティン氏はベルギーの大手ビール&清涼飲料会社「ジョンマーティン」の創立者の孫。その祖父が嘗てジャンヴァル湖岸でシュヴェップスを生産していた工場が不要になり1981年現在のデラックス・スパホテル「シャトー・ド・ラック」を開発したのがホスピタリティー業界へのデビューだった。しかしながらジャンヴァル湖そのものがマーティンズ・ホテルグループの私財産というから驚かされる。
メッヘレンのパーテルスホフ (4ツ星) の外観はオリジナルに忠実に修復されたネオゴシック様式の教会建築で、本当にここが超スタイリッシュなホテルだとは中に足を踏み入れるまでちょっと信じられない。聖フランシスコ教会の建設は1867年に始まり、修道院全体は1873年に完成した。20世紀末に修道士達が去り修道院は売りに出され、先に庭園と修道院棟の一部がマンションになった。教会をホテルにする構想が芽生えたのは2008年の春のこと。部屋は全部で79室、「コージー」の23室が修道院の建物にあり、56室は「チャーミング」「グレート」「エクセプショナル」「ベスト・オブ・ホーム」のカテゴリーに分かれ教会の建物にある。
以前オランダのマーストリヒトの教会と修道院のデザインホテル「クルイスヘレン」を紹介したことがあるが、教会がパブリックスペースのみに使われていたのとは違って、ここでは教会の側廊部分や上層部分にジャグジーバスまで付いた客室が配された。実際に教会空間の中で眠れるホテルとはひょっとして世界でここだけなのではないだろうか。教会を観光見学するとステンドグラスの窓や列柱、ヴォールトの天井は高い位置にあり地上に立つ人間には手を伸ばしてもタッチできない。色鮮やかな教会のステンドグラスの薔薇窓が万華鏡のように光の絵を泊まる部屋に投影し、アーチ、ヴォールト、支柱が部屋の空間ストラクチャーを決定する。ベッドヘッドも巧みにアーチのストラクチャーに組み込まれた。部屋に限らず、客室階の廊下や回廊でも花や植物の象った柱頭のスタッコ装飾がスポットを浴び神秘的に空間に浮かび上がってくる。茄子紺、小豆色、チャコールグレーといった深いダークな壁の色もスタッコの白とコントラストをなし、ドラマチック性を増す効果にもなっている。
もはや聖歌隊の歌声は響かないけれど、教会の内陣がブレックファスト・レストランだ。祭壇画を目の前にブレックファストというのも初めての体験だ。“清貧の人”と言われ徳の一つとして“貧”を愛した聖フランシスコ、その修道院がラグジュアリーになってしまって天国で苦笑しているかもしれない。
ベルギー
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