ホテル情報
Hilton Molino Stucky Venice hotel
- Add
- Giudecca 810, 30133 Venice, Italy
- TEL
- +39 041 2723311
- FAX
- +39 041 2723490
- info.venice@hilton.com
- URL
- https://www.hilton.com/en/hotels/vcehihi-hilton-molino-stucky-venice/
ヴェネツィアでジュデッカ運河を通るヴァポレット(水上バス)に乗ると「あの得体の知れない建物は一体何なのだろう?」と、ヴェネツィアの大運河を彩る宮殿群とは全く性格の違う煉瓦建築が気になって仕方なかった。調べてみると19世紀末のネオゴシックの建物はモリノ・ストゥッキーという旧製粉所&パスタ工場で、その経緯はわからないが、なぜかハノーファーの建築家エルンスト・ヴレコップ(Ernst Wullekopf 1858-1927)がヴェネツィアの珠玉のインダストリー建築を設計していた。
ハノーファーで私が住む同じ通りにヴレコップの手掛けたギルデ・ビール醸造所があり、工場というよりは教会のようなステンドグラスの窓を横目で見ながら毎日歩いて仕事場に通っている。"煉瓦ゴシック"と呼ばれ北ドイツ独特の装飾的なインダストリー建築だ。ひょっとして施主のストゥッキーはこのビール工場の美しさに惚れ込んで建築家に声をかけたのだろうか。
20世紀末にはヴァポレットからでもこの建物の荒廃は顕著で、マンモス幽霊屋敷の様になっていった。3ヘクタールにも及ぶ広大なコンプレクス(13の建物で構成される)が再開発され、住宅(100世帯)、ヴェネツィア最大のコングレスセンター、ラグジュアリーな「ヒルトン・モリノ・スタッキー・ベニス・ホテル」(380室)として輝きを取り戻すとはほとんど奇跡に近い。ザッテレ経由でサン・マルコ広場とはホテルのシャトルボートで往復できるので観光にも不便はない。インテリアはスターウッド・ホテル&リゾーツ・ワールドワイドに属するデラックスホテルのプロジェクトで経験豊かなローマの事務所HDC Interior Architecture + Designが担当した。
ヴェネツィア本島に渡らなくてもここだけで丸一日過ごせるだろう。一番古い工場の建物にあるカジュアルなレストラン「イル・モリノ」で朝食ビュッフェ、ジュデッカ島を散策してお昼は運河を見ながらバー&ラウンジ「リアルト」で軽く、中庭で読書でもして屋上プールで一泳ぎ、夕食は洗練されたレストラン&バー「アローミ」でモダンなヴェネツィア伝統料理、夜は「スライライン・バー」の屋上テラスでスペクタクルな眺めを摘みにスプリッツを飲む。スプリッツはオレンジリキュールのアペロールにプロセッコまたは白ワインとミネラルウォーターで割ったヴェネツィアならではの爽やかなドリンクだ。
ホテルの庭には創設者ジョヴァンニ・ストゥッキー(Giovanni Stucky 1843 - 1910)の胸像が残されている。ストゥッキーはジュデッカ島の西端に元尼僧修道院(SS.Biagio e Cataldo)跡地を買い上げ、1883年にシンプルな煉瓦の立方体の蒸気製粉所を開設する。1500人の工員が24時間ノンストップで1日250トンもの小麦粉を生産していた。需要は増えるばかりの大成功で、増築が必要になり新築が完成。当時ヴェネツィアの建設協議会からヴェネツィアの建築伝統と調和しないと厳しい批判もあったという。20世紀に入ってパスタ工場も新築され、ついにはイタリア最大で最もモダンな設備の製粉所に発展する。ストゥッキーは最後にヴェネツィア駅で刺殺されてしまう。
第二次世界大戦でドイツ軍が製粉所を押収。1955年に工場閉鎖が決定するが、この時最後の500人の労働者が6週間も抗議して工場を占拠する事件まで起きている。続く何十年かは再利用のアイデアもなく建物は老朽化の一途を辿った。やっと再開発事業が軌道に乗り、ホテル建設工事も始まって間もなく火事が発生し旧穀倉は外壁が運河に崩れ落ちてしまうというショッキングな事故も乗り越えねばならなかった。
"部屋の窓からの眺めフリーク"な私としては部屋に入ってまずは「ジュデッカ運河の景色が少しでも見えるかな?」と、レースカーテンを開けようとしたら、カーテンの取り付け部分がちょっとお粗末なフィニッシュで壊れかけている。軽くシャワーを浴びてリフレッシュしようと思うとシャワールームの継ぎ目部分が盛り上がって変色している。オエーッと冗談でなく気持ちが悪くなった。これは黒カビではないのか。でもここまでカビが繁殖するにはかなりの月日を要するはずだが、誰も気がつかなかったのだろうか?クロアチアの安ホテルで夜中にトイレに行って電気をつけた途端に蟻がウロウロしていてギョッとしたことはあったが、5つも星が付いているホテルだと再認識して唖然としてしまった。まあでもバスタブにもシャワーが付いているし、シャワールームには目をつぶろうかとバスタブの方に移動すると今度はシャワーホースのメタルのカバーが緩んで中のホースが見えなんとも惨めな姿になっている。一番お得なネット料金で予約したから?まさかそんな差別はあるはずがない。お部屋チェンジ!今度はバスルームも清潔で、ホッ。お詫びにとホテルのマネージャーからプロセッコのボトルがサービスされたのは良かったのだが、グラスを手にジュデッカ運河に乾杯と窓際に立つとカーテンは前の部屋よりもっと壊れていた。この経験で改めてバスルームの清潔性と日頃からの設備チェックの重要さを実感。特にチェーンの場合はチェーンに属する全てのホテルに対する信頼の土台がほんの小さなことで揺らいでしまう。
部屋を出てホテル建築探検の散歩に出る。ホテル空間は5年に及ぶ困難だった修復・再建・改装(Francesco Amendolagine教授の監督でStudio CRR / Centro Ricerche Restauroが実施)の成果。建築ディテールのひとつひとつにストゥッキー製粉所の歴史と製粉所にまつわる人々の運命を追想できる。それにしても建築とインテリアのギャップを感じる。静かな中庭とも繋がるカンピエロ・ロビーラウンジでゆっくりしようとソファに身を沈める。と、テーブルやファニチャーのまだ新しい化粧板が剥げていたり角が破損しているのがあちこちで目についた。使い込んで深みのある傷みではない。なんだか薄っぺらな表面だけのインテリア・クオリティーで建築がかわいそうになってきた。
2009/06/18時点の情報です